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zaininnari Blog

現在の臆病者の強さ




たとえ格差が解消されて弱者に住みよい社会ができても、あるいはファスト風土のかわりに相互信頼に満ちた社会がかりにやってきたとしても、たぶん現代人の抱えている不満がなくなることはないだろう。Type-Moonふうにいえば、現代社会はまさにhollow ataraxia、つまり、快楽の中心にぼこっと巨大な穴が空いたうつろな世界なのであり、その磁場から逃れることは当分できそうにない。そもそも考えてみれば、現代人というのは、消費や人肌の誘惑に弱く、他人に認められなければ簡単に参ってしまい、ほどよく整備された環境でのみリラックスできる、ひどく脆弱な生き物にすぎない。



仮想算術の世界 から引用

臆病者が

  • 社会で生きる強さ
  • 信頼感を築ける強さ

を打ち立てられる社会に求める理由は何か?

自分の能力が通用する社会の構築を求めているのではないか?

自分の持っている能力を存分に、高め、発揮できる社会に生きることは、清々しい気がする。

一度その立場に、たったらそのゲームから、自ら退場することはない。

臆病者が、強さ、という飾りを付けている社会では、平等の存在が認められない。各々が、能力を披露して、自らの強さをアピールしようとする。上層部、中層部、下層部のそうな、それぞれの強さの層で慣れ合いの空間が生まれ、当初の理想からは、外れてしまう。

能力が、激流のようにせめぎ合う海や川のような世界では、岩は、互いにぶつかり合い、石になり、砂になる。岩は、どんどんと傷ついてしまう。

そんな世界が見えてしまっている、ことが恐ろしい。
自分を安心させようと、動き回るハリネズミは、結局、相手も自分も傷つけてしまう。

能力がない人が、過ごす世界には、湖が必要だ。
荒れ狂う濁流を受け止め、澄んだ水に変える"攻撃しない力"が必要だ。

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